思春期24
「元気でね、藤沢ちゃん。それからあのときはありがと」
ぬけぬけと微笑む薫を私は笑顔でにらみつけた。
そして、精一杯の皮肉を込めて言った。
「お似合いよ。お二人さん」
けれども、これから明るい高校生活を送る二人の背中にそんなものは届かなかった。
私はなんの恥じらいもなく松岡の腕にしがみつく薫の後ろ姿を見て、その思いの強さを感じて、遠ざかっていくあの夏が、悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。(完)
「元気でね、藤沢ちゃん。それからあのときはありがと」
ぬけぬけと微笑む薫を私は笑顔でにらみつけた。
そして、精一杯の皮肉を込めて言った。
「お似合いよ。お二人さん」
けれども、これから明るい高校生活を送る二人の背中にそんなものは届かなかった。
私はなんの恥じらいもなく松岡の腕にしがみつく薫の後ろ姿を見て、その思いの強さを感じて、遠ざかっていくあの夏が、悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。(完)
「ごめーん。待ったぁー」
タイミングの悪いことに、薫が手を振りながら走ってきた。
彼女は私を見るとちょっとびっくりし、警戒するように眉をひそめた。
そして、勢いのまま私を押しのけて、これみよがしに松岡の腕に抱きついた。
まるで彼を一番好きなのは私だとでも言うように……
「まあ、そういうことだから。気にすんなよ、藤沢」
松岡がさらりと言う。
なんでそんなふうに割り切れるの? と私は言いたかった。
「ああ、そういう意味か。別に藤沢のせいじゃないよ」
「え? でも北高には合格したんでしょ?」
「まあ、合格はしたんだけど、薫の奴が落ちちゃってさ。あ、俺、藤沢に振られてからさ、色々と励ましてくれた薫と付き合うことになって。それでアイツと一緒の東高にしたってだけで」
「へぇー……そうなんだ……」
泣きそうだった。
馬鹿みたいだった。
そして松岡にアイツと呼ばれた薫が憎らしかった。
薫も松岡が好きだということはなんとなく気づいていた。
けど、松岡の気持ちがこんなに簡単に動くだなんて思ってもみなかった。
松岡は私のことをずっと好きでいてくれると信じていた。
ましてや薫なんかに松岡を取られるとは思っていなかった。
薫なんかに……
「あの、ちゃんとあやまっておきたくて、あのときのこと」
「あのとき? ああ」
松岡はばつが悪そうにハハッと笑った。
私はそれにホッとして、素直に頭を下げた。
「ひどいこと言ってごめんなさい」
「別にいいよ。おかげでふっ切れたし。それでわざわざ?」
「うん。あと……あの、北高やめたって聞いたんだけど」
「?」
松岡は口をぽかんと開けて、それが?っていう顔をしたけど、すぐに笑った。
また、一からやり直そう。
私は勇気を振り絞って、松岡の横に立った。
並んでみてはじめて気づいた。
松岡の背は私と変わらないくらい伸びていた。
これなら並んで歩いてもそんなにおかしくないかもしれない。
私は嬉しさと同時に半年という月日の長さを感じた。
「松岡……ちょっといい?」
「どうしたの?」
あまりにも普通に返されたので、私は少々面食らってしまった。
久しぶりの会話で私はこんなに緊張しているのに、松岡は平然としている。
松岡は堤防の上にぽつんと立ったまま、波音に耳を傾けていた。
風が海のにおいを運んでくる。
あの日も私たちは、こうやって同じ世界を感じていた。
今では同じ高校に行けたらと言われたときの夏の青さがせつなく思える。
本当にこれが最後のチャンス。
今なら、あのときのように冷やかす相手はいない。
松岡が東高に行ったら、頑張って北高に入った意味がなくなる。
誤解だって早く伝えないと、私たちはこのまま終わってしまうと思った。
「ねぇ、松岡知らない?」
私はさりげなくクラスメイトにきいた。
「あいつなら海に行くって……」
ところが、式が終わって友達と記念撮影をしていたとき、私はクラスの男子たちのこんな話を聞いてしまった。
「もったいねぇよな松岡。せっかく合格したってのに、東高に行くんだってよ」
「でも、しょうがないんじゃない? さすがに北高には行き辛いでしょ」
もしかして私のせい? どうしよ?
それですることは勉強しかなくなった。
むなしすぎるけど、いいことがなかったわけじゃない。
念願の北高に合格したのだ。
これで春からは松岡と一緒の高校。
クラスで進学校の北高に行けるのは私たちだけ。
薫もいないし、高校に入ったら今度こそちゃんとあやまって告白しようと思った。
私はその日が来るのが待ち遠しくて、卒業式で泣くことすら忘れていた。
あれから半年。
私たちは卒業式を迎えていたけど、あの日以来、松岡は私に会っても話しかけてくれなくなっていた。
たぶん、軽蔑されたのだ。
あのとき、私が口にしてしまった言葉は真実ではないにしても本音だった。
私は薫と同じように松岡のことも、自分に釣り合う相手ではないと見下していた。
その報いだった。
当然の仕打ちだと思った。
「ああ、そういう意味か。別に藤沢のせいじゃないよ」
「え? でも北高には合格したんでしょ?」
「まあ、合格はしたんだけど、薫の奴が落ちちゃってさ。あ、俺、藤沢に振られてからさ、色々と励ましてくれた薫と付き合うことになって。それでアイツと一緒の東高にしたってだけで」
「へぇー……そうなんだ……」
泣きそうだった。
馬鹿みたいだった。
そして松岡にアイツと呼ばれた薫が憎らしかった。
薫も松岡が好きだということはなんとなく気づいていた。
けど、松岡の気持ちがこんなに簡単に動くだなんて思ってもみなかった。
それはボロ布をまとって街を歩く感覚によく似ている。
絶対ジロジロ見られて、みんなの笑いものになる。
そんな毎日を送るのは……怖い。
だから私は、
「なわけないじゃん。松岡と私? ありえないよ」
好きな人にひどいことを言ってしまっていた。
自分が信じられなかった。
「で、どうなの? 松岡のこと好きなの?」
押し黙る私に薫はしつこくきいてくる。
とぼけても、笑ってごまかしても、やり過ごせそうにない。
好きよ、と開き直れたらどんなに楽だろう?
けど、そんなことをしたら、私はおしまい。
だって、私は今の自分にとても満足している。
人が私をうらやむ視線に優越感すら感じている。
そんな私がこれからは松岡とセットとして見られる
化粧を塗りたくった派手な顔。
胸元の開いたブラウスに股下5センチのミニスカート。
別にブスってわけじゃないし、足が太いことをのぞけば、スタイルも普通。
けど、私から見れば、必死に女をやっている哀れな女。
格下の女。
こんな女に私が見下ろされている。
それが無性に悔しくて悲しかった。
「ねぇ、下手な同情はかえって人の気持ちを傷つけるんだよ、藤沢ちゃん。それとも松岡のこと本気で好きだった?」
黙っていると、薫が信じられないといった口調で言った。
言葉の節々に嘲りが含まれている。
私は直感的に思った。
薫は私の気持ちに気づいている。
気づいていて私たちの邪魔をしている。
私は薫という女をまじまじと見た。
悲しいけど……でも。
私は松岡のことが好き。理由なんてわからない。
気づいたときにはそうだったんだから。
それでも強いて言えばまっすぐで嘘のないところに惹かれたんだと思う。
だってそれは私にはないものだったから……
彼らをAランクとすれば、松岡はせいぜいCランクといったところ。
とてもじゃないけど、並んで歩けるような相手じゃない。
だから正直、松岡のことが気になりはじめたときは、私自身信じられなかったし、好きだと気づいたときには、ちょっと絶望した。
だから私は薫に反論しない。反論できない。
それはそうだろうなって思う。
確かに私は美人だし、スタイルもいい。
将来はモデルにでもなろうかなって本気で思ってるくらい。
それに比べて松岡はなんとなくもっさりしてるし、背も低いし、特別おもしろいってわけでもない。
ハッキリ言って平凡。
容姿だけで言えば、これまで私が振ってきた男子たちのほうが断然上。
「ま、藤沢ちゃんはモデル並みだし、身長もビジュアルも格差ありすぎって感じだから引くのは仕方ないけどさ、断るにしても可能性ゼロってことを教えてあげなきゃさ、本人のためにもならないっしょ。だいたい松岡も松岡だよ。IT社長じゃあるまいし、もっと現実見ろって感じ」
薫は呆れ顔で好き勝手な言葉を並べている。
松岡がフラれると思っているのだ。
「そういうのってよくないんじゃない? 藤沢ちゃん?」
「?」
「だって藤沢ちゃん、このクラスの男子じゃ話にならないって前から言ってたじゃん」
薫はあっけらかんと言う。
痛いよ、それ……
見てたの?
私は恥ずかしさで固まってしまった。
「ほら、おもいっきり引いてんじゃん」と薫。
「だよな。悪いな藤沢……」
松岡は日に焼けた頬を引きつらせた。
「そんなことないけど……」
私は慌てて首を振った。
アイドルのぶりっ子みたいに、嘘くさい。
「無理無理、やめときなって松岡。アンタと藤沢ちゃんじゃ釣り合わないって」
馬鹿にしたような声が後ろから飛んできた。
しかも声がデカイ。
ムッとして振り返ると、クラスメイトの渡辺薫が机に頬杖をついてニヤニヤ笑っていた。
「ワタ…シ…」
わけのわからないまま返事しようとして、私は思いとどまった。
ここは放課後の教室。
聞かれちゃいけない。悟られちゃいけない。
クラスメイトの誰かに聞かれたらマズイ。
なんでもないフリをして、松岡を教室の外へ連れ出そう。
そしてそこで……そう思って一歩踏み出したときだった。
「どうしてって……」
松岡ははにかんで窓のほうへ視線をそらした。
3階の教室からは青く広がる真夏の太平洋がよく見える。
松岡はそこに浮かぶ船を眺めるのが好きで、私はそんな松岡を見ているのが好きだった。
「いや、俺も北高に行けたらと思って…さ」
胸が締めつけられる。顔が熱い。声が……出ない。
「藤沢って、高校どこいくの?」
「え?」
ドキッとした。
「一応、北高だけど……ちょっと厳しかったりして」
情けない言葉とは裏腹に私の口もとはゆるんでいた。
「ふーん」
そうつぶやく松岡の横顔を私は上目遣いにうかがった。
ボサボサの髪からのぞく、優しそうな瞳が虚空を泳いでいる。
「でも、どうしてそんなこときくの?」
緊張で声が震えた。
まるで告白をうながしているみたいだったから。
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